第6部 家族になったラビ
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ラビが吠えた日 ①

ラビが我が家にやって来た頃の懐かしい写真・・・誰の目にも飼い主に甘える幸せな犬と映る事でしょう。
でもこの頃のラビは、そんなほのぼのとした幸せに浸っていた訳ではなかったようです。
Wさんのもとへ帰る事を諦めたラビはいつも不安そうに私達の後を追い、体をすり寄せてきました。
頭を撫でられると、とても嬉しそうな顔をします。
が、どこかオドオドしていて、すぐお腹を見せるものの、それは甘えると言うより服従の姿勢を示すかのようでした。

顔を近づけると舐める事も出来ず、すまなそうに目をそらします。
早く無邪気な犬らしさをみせて欲しい・・そう願いながら、あまり顔を近づけず静かに話しかけ、ラビの体を撫でる毎日でした。

妻にはもう一つ気がかりな事がありました。
私達は、まだ一度もラビが吠える声を聞いたことがなかったのです。

「この子、声帯を手術されてるんじゃ・・・」
Wさんに置いていかれたとき、「ヒ~ン」と悲鳴を漏らしているので、「それはないだろう」私はそう思いましたが、妻はちゃんと吠える声を聞くまでは安心出来ないようです。

置いていかれたショックのあまり吠えられなくなったのでしょうか。
私達に遠慮して吠えないようにしているのでしょうか。

私もラビがのびのびと吠える日を待ち望んでいる事に変わりはありません。

やがて、二人一緒にラビの吠える声を聞く日がやって来ました。
それは 思いもかけない素晴らしい体験でした。

 




ラビが吠えた日 ②

最近、あらためて妻に尋ねました。
ラビが吠えたとき、嬉しかったかと・・・
妻は,何を今更と言うように、答えました。
当たり前だと・・・

ラビの散歩コースは、主に川沿いの遊歩道でした。
途中に小さな公園があって、夕方には散歩の犬が数多く集まります。
しかし皆のお目当てはその公園ではなく、その土手の上の空き地です。 

野球場程もある空き地はワンコ達にとって天国でした。
そこはフェンスで囲われ「立ち入り禁止」なのですが一カ所、入り口があって、(正しくはフェンスが壊された所ですが)なかば公然とドッグランとして使われていました。

未整地なので夏は草が伸び放題、犬達は生い茂った草の中を見え隠れしながら、大騒ぎで走り回ります。
しかしラビはここでも一声も発する事はなく、数分間遊ぶと私の元に帰って来てまったりと過ごすのが常でした。



まだ夏の盛り、その日も、日が落ちてからも、うだるような暑さでラビはほとんど他の犬達と遊ぶ事もなく私の側で、ハアハアと舌を出して寝そべっていました。

やがてビーグルのカン高い声、それにつられるように一斉に犬達が吠え始めました。
見ると、妻が広場に入ってくる所です。
彼女が広場に来るのはその日が初めてでした。
犬達が吠えたのは攻撃性のものではなく「新参者」への警戒警報あるいはホンの挨拶といったものだったのでしょう。

私が妻の方へ歩き始めた時です。
横たわっていたラビが弾けるように飛び起き、土ぼこりをたてんばかりの勢いで突進していきました。
ラビが初めてみせた機敏な動きでした。
ラビは妻の前に回り込むとスックと四肢をふんばり取り囲む犬達に向かって力強く吠えたのです。

「 ウォン・ウォン・ウォン 」

初めて聞くラビの咆哮!

優しいラビには不釣り合いな程ハリのある、大型犬を想わせる声でした。
次第に取り囲んだ犬達の吠える声も収まり、自分たちの遊びに散っていきます。

「あの時さ、ラビが吠えてくれて、嬉しかった?」
「当たり前じゃないの! 私を守ってくれたんだよ」
  
 うん・・・
 そうだったね・・・
 今でも くっきりと目に浮かぶ ラビの勇姿・・・
 耳に残る凛とした声・・・・
      
 ウォン  ウォン  ウォン

 



この子すごいね ①

ラビの声を初めて聞いた頃に、もう一つ忘れられない出来事があります。
その事を思い出すと同時にノラの記憶も鮮やかに蘇ってくる・・・・

ノラは毎晩、妻の部屋で眠りました。
クッションを入れた籐のカゴが彼のベッドです。 
それは普段、居間に置かれていて、私達が夜更けまでテレビを見ていると眠くなったノラは妻の部屋に入り、クンクンとまるで仔犬のような声で「ベッドがない」と訴えました。
「極道犬のどこからそんなカワイイ声が出るのかねェ」
妻はノラのベッドを自分の部屋へと運びます。

ノラの『フォッ フォッ フォッ』と言う寝言・・・
カチ カチと言う歯噛み、寝息、いびき ・・・ 
時として走る夢を見るのか、カサカサと足を動かす音・・・
15年間、そうした小さな騒音に包まれながら妻は眠りについたのです。




ノラの火葬の時、少しためらいましたが「一緒に向こうへ送ってやろうよ」と籐カゴも一緒に燃やしてしまいました。
今思うと、何もそう急ぐ事もなかったのだけれど・・・

ノラが去り、彼の気配をなくした部屋・・・妻は寝つけなくなってしまったのです。

私はノラが敷いていたバスタオルを丸め首輪を巻き、小さな座布団に載せ、妻のベッドの脇に置きました。
妻は薄汚れたバスタオルに顔を近づけ
「あ ノラの匂いだぁ」

そう言うと暫くタオルに顔を埋めていました。
首輪付きのタオルはそのままベッドの側に置かれることになりました。

ペットロスの夫、睡眠障害の妻、そんな夫婦のところへラビはやって来たのです。

当初、私や妻から片時も離れなかったラビですが、夜眠る時は私のベッドを選んだようでした。
私は少しずつペットロスから解放されていきましたが、妻は相変わらず寝付きが悪く、明け方までベッドで本を読んでいる事が多くなりました。
たしなめると彼女は「ノラの事思い出しちゃうとね」と言い、さらに少し皮肉っぽく続けました。
「ラビはちっとも私のところで寝てくれないしね」
私がラビをそうし込んだ訳ではないものの少々心苦しくもあります。
と言って、まだ精神不安定なラビに無理強いも出来ません。
はてさて、困りました。

この子すごいね ②

私は夜、私のベッドに乗ってくるラビを抱えて、妻の部屋に連れていく事にしました。
妻のベッドにのせられたラビは キョトンとした顔をしていましたが、すぐに後を追って私の部屋に戻って来ました。
再びラビを妻の部屋へと連れていきます。

この頃のラビは まだ私の顔を直視できませんでしたが、不思議と話しかけている間はこちらを見つめ、言う事を理解しようと一生懸命のようでした。
「今日は、おばちゃんのところで寝るんだよ」

二人で話しかけながら体を撫でてやると、ラビはゆったりと横たわっていました。
私はそっと自分のベッドに戻ります。
程なくラビは私のベッドに跳び乗ってきました。

又またラビを抱えて妻の部屋へ・・同じ事が繰り返され、妻はとうとうふてくされてしまいます。
「もういい!はいはい判りました。おばちゃんのベッドはイヤなのね。どうぞ大好きなおじちゃんと寝て下さい」 



次の夜も妻の部屋でラビを撫でながら、良く言い聞かせます。
ラビは暫く妻の部屋にいましたが、やはり私の部屋に戻ってきてしまいます。
又ラビを抱えて・・その夜も同じ事の繰り返しが続きました。

「もういいよ、ラビが可愛そうだから・・」
妻は諦めたように言いました。
私は気長に続けるつもりでした。「大丈夫だよ、無理強いしてる訳じゃないし」

3日めの夜、同じようにして私は自分のベッドに戻りました。
「・・あれ、来ないな・・」
そのうち私は寝入ってしまい、ラビがベッドにふわりと乗ってくる気配で目を覚まします。外は薄明るくなっていました。

4日めの夜、妻がパジャマに着替えベッドを整えているとソファで私に寄り添っていたラビは身を起こし、妻の部屋へと向かいました。
そして自らベッドに跳び乗るとグルグル回ってから、ドサッと横たわって大きなため息をつき眠る体勢に入ったのです。
私達はびっくりして顔を見合わせました。
妻はとても嬉しそうでした。「この子すごいね!」

以後 ラビは妻を寝かしつけてから、明け方には私に寄り添って寝ると言う日課を務め続けました。
それは一年くらい続いたでしょうか。
一年が過ぎる頃になると、ラビは好きなところで寝るようになります。
それは「私はこの家族の大切な一員になった」と言うラビの自信の現れだったと思います。
私のベッドで、妻のベッドで、ソファで、自分のベッドで・・・
その時々好きなところで。
もちろん 私に寄り添って過ごす時が一番多かったのは言うまでもない事です。

 



誰が言ったか知らないが・・・

「アローンちゃんなら、さっきまで居たけどねえ...」
「エっあの犬、アローンて言うの、じゃ飼い犬だったの?」とボクは問い返した。
「ううん、ノラでしょ,でもみんなそう呼んでるよ」
アローン・・・なるほどね。
ボクもすぐそう呼ぶようになった。

「アローン来てないねえ」
「アローン捕まってなきゃいいけど・・・」

痩せたみすぼらしい赤犬が広場に姿を見せるようになったのは、秋も深まる頃だったと記憶している。
ラビも他の犬達とすっかりうちとけ、広場の夕方は犬と飼い主達のこの上ない幸せな時間が流れていた。

 

ひっそりと広場の隅っこにやって来るその犬はオドオドしながらこちらを見つめていたが、それ以上は決して近づいては来なかった。
そのうち犬達に吠えられ、追われ・・・畑を突っ切り、林の中へと逃げ帰っていく・・・それでもその犬はやがて毎日のようにやって来るようになった。

ひとりぽっちの寂しい犬『アローン』。なんて哀しい名前だろう。
でも誰が言ったか知らないが、ちょいといい響きじゃないか!
広場に来る人たちにアローンと言う名はすぐ広まった。

 



やがて保護されたアローンはとりあえずは貰い手が見つかるまで義母の庭で預かってもらうことにしたのだが、結局は半年後、義母と僕たち夫婦で協力して飼うことになる。
ボクがつけた名前ではないけれど、市へ登録する時の名前はそのまんまアローンとした。

だってそれに勝る名前があるだろうか!

アローンはとても怯えていて人を寄せ付けず、彼女の捕獲作戦は容易ではなかった。
ラビが見せてくれた「優しさ」と「賢さ」は見事としか言いようがなかった。

僕は、怯えきったアローンがたちまちラビに心を許すのを目の当たりにした。

ラビが助けたアローン

アローンは保護した後、とりあえず義母の庭においてもらったのですが、半年経っても貰い手が見つかりませんでした。
そこで犬小屋の管理や医者に連れていく事、洗ってやる事は私達が引き受けるという条件でそのまま義母の家で飼ってもらう事になりました。
アローンを洗ってやるときは我が家に連れて来るのですが、ラビと会えるので彼女はとても嬉しそうでした。

3年前、義母が入院してアローンは「一人暮らし」になってしまいます。
ラビを亡くした後、アローンを我が家に引き取ろうかと考えた事もありました。
でも彼女にとってラビのいない我が家は落ち着ける場所ではなかったようです。
室内は落ち着かないらしく、すぐに自分の庭に帰りたがるのです。

アローンは幾つになってもラビが大好きでした。

広場でうろついていた時、散歩にきていた犬達に吠えられ追い払われていたアローン・・・
そんなオドオドしたみすぼらしい野良犬をラビはスンナリと受け入れたのです。

アローンはラビの姿を見つけると走り寄ってくるようになり、やがてラビと一緒にいる人間、私にも体を触らせるようになりました。
ラビがいなければアローンに近づく事も出来なかったと思います。

ラビが初めてアローンと接したときのやさしい態度を思い出す時、今でも私はラビをとても誇らしく思うのです。

【コラム】④ ひょうきんなラビの絵

ラビはそれはもう本当にきれいな犬だった。
飼い主バカを差し引いてなお充分に美しい犬だった。

 



そもそも飼い始めた頃、それほどとは思っておらず、他人に言われて「そう言われればかなり・・・」と気づいたものだ。
「かわいいッて言うよりきれいだわ」
「何かこういろっぽいよね」
「眼があやしい色気があるね」等々。

極めつけはおしゃべりしながら歩く二人連れのご婦人とすれ違った時、聞こえて来た会話。
「ちょっと、今の犬見た?」

「見た!色っぽかったね~」
(これは妻が散歩から帰って来て自慢そうに話してくれた)

ちょっとひょうきんなラビの絵を描いた。



これは遊びに来た友人のイラストレーターがとってくれた写真。

 

ボクのあまり見たことのない、お間抜けな表情が写っていた。

この写真も大好きなラビの写真の一枚だ。





第7部「ラビが去って」につづく

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